盛岡市中央通エリアガイドMorioka chuo-dori-Area Guide

文化・芸術活動の活性化で、盛岡のさらなる魅力を創出する取り組みについて聞きました/いわてアートサポートセンター 坂田理事長

多くの偉人を輩出し、彼らのゆかりの地も街中に数多く点在している盛岡市。そんな盛岡市を中心に、文化・芸術と行政とのこれまでの関係性をより有機的なものにするため設立された団体が「NPO法人 いわてアートサポートセンター」だ。同センター理事長の坂田裕一さんに、センターの多岐にわたる取組の内容や盛岡の街の魅力など、幅広くお話をうかがった。

理事長 坂田裕一さん
理事長 坂田裕一さん

文化・芸術活動を幅広くサポートする「いわてアートサポートセンター」

――まずは、「NPO法人 いわてアートサポートセンター」の設立までの経緯と、概要についてお聞かせください。

坂田理事長:盛岡市に限ったことではありませんが、これまでの行政による文化施策は、劇場、美術館、ホールなどに運営を一任し、直接的な関与が少ないという傾向がありました。それを踏まえて、演劇人や音楽家、文筆家など表現者の方々が、何か別のやり方があるのではないかと声を上げられたことがきっかけとなり、2005(平成17)年5月に当センターが設立されました。

文化・芸術の振興のためには、行政が用意する文化施設などに加え、それ以外の核も大切です。お互いにとってよい刺激となり、高め合うことにつながる意味で、行政主導による振興とは別に、民間による振興という立ち位置で文化・芸術を幅広くサポートしています。

「NPO法人 いわてアートサポートセンター」
「NPO法人 いわてアートサポートセンター」

――具体的には、どのような活動をされているのですか?

坂田理事長:表現による子どもの健全育成、観光まちづくりの推進、観光文化施設の運営を主な柱としています。子どもを対象としたものでは、市内で活動している文化団体や学校とともに、「伝統文化一日体験フェス」、「伝統文化子供教室」、「子供たちの芸術文化体験教室」、「盛岡こども劇団」、「盛岡こども和太鼓の会」などを通して、伝統・芸術を体験してもらう橋渡しのような役割を担っています。個人、団体の直接的な支援というよりは、市民・県民と芸術・文化活動との接点を増やす環境づくりをしており、それによって地域の文化レベルが高まれば、まちづくりや観光にもつながっていくと考えています。

お話をおうかがいした坂田理事長
お話をおうかがいした坂田理事長

「盛岡劇場」と競い合う小劇場として誕生した「風のスタジオ」

――このインタビューをしている部屋の隣にある「風のスタジオ」についても聞かせてください。

坂田理事長:「風のスタジオ」は100名程度を収容できる小ホールで、創造交流・体験空間として、主にフォーラムや演劇などで利用されています。この「風のスタジオ」について語るとき、どうしても「盛岡劇場」に触れないわけにはいきません。「盛岡劇場」は、松尾町にある「盛岡市文化振興事業団」によって運営されている劇場ですが、現在の建物は2代目。初代の「旧・盛岡劇場」は、東北地方初の近代的演劇専用劇場として1913(大正2)年に開館しました。長きにわたりさまざまな舞台芸術を支えてきた場所ですが、老朽化にともない取り壊すことが決まりました。反対運動が起こるなか、市長、県知事を招いての最後のセレモニーが開かれ、そのとき踊りを披露してくれた盛岡芸者さんが、“もう一度、盛岡劇場で踊りたい“と会場にいた方、一人ひとりに頼んでいました。

盛岡劇場について記された『盛岡劇場ものがたり』
盛岡劇場について記された『盛岡劇場ものがたり』

坂田理事長:盛岡芸者さんをはじめ、多くの市民の願いがかない、二代目「盛岡劇場」が開館したのは1990(平成2)年のことです。当時、私は「盛岡市役所」の職員でしたが、学生時代に演劇に携わっていたご縁から「盛岡劇場」に配属され、そこで6年間勤めることになりました。

盛岡には1949(昭和24)年に始まった「盛岡文士劇」があり、第13回で中断していたのですが、それを新しい「盛岡劇場」で復活させようということで作家の高橋克彦を発起人とし、再開されることになったのです。私の好みで言えば「天井桟敷」に代表されるアングラ演劇でしたが、旧来のもののなかにもよいものがあるのだと気づかされることになりました。

しかし、市内の主要な劇場というのは「盛岡劇場」くらいでしたので、競いあう相手がいないとどうしても停滞してしまいます。そこで、新たに小劇場をつくろうということで誕生したのが「風のスタジオ」というわけです。

――「もりおか啄木・賢治青春館」をはじめ、文化施設の運営にも携わっていると伺っています。

坂田理事長:「風のスタジオ」に加え、「もりおか町家物語館」、「宮古市民文化会館」、「もりおか啄木・賢治青春館」を運営していますが、2024(令和6)年から携わるようになった「もりおか啄木・賢治青春館」についてお話しします。

「もりおか啄木・賢治青春館」の建物は、もともとは地元出身の設計技師が手がけ、1910(明治43)年に完成した「第九十銀行本店本館」です。老朽化に伴い、取り壊す話がなかったわけではないのですが、所有していた「岩手銀行」の会長が、“歴史的な貴重な建物だから”ということで市に無償譲渡してくれました。そして1999(平成11)年に、「盛岡快適観光空間整備事業」として保存活用策を探り、改修工事を経て「もりおか啄木・賢治青春館」として開館することになったのです。

「もりおか啄木・賢治青春館」
「もりおか啄木・賢治青春館」

2004(平成16)年には国の重要文化財に指定され、受け継がれたものをよいかたちで残せたのではないかと考えています。建物内には石川啄木の処女詩集「あこがれ」を屋号とする喫茶店が入っており、自家焙煎コーヒーを飲むこともできます。

“歩いて楽しむ文化の街”、盛岡市中央通エリア周辺の街並み

――理事長から見て、盛岡中央通エリアとその周辺の印象を聞かせてください。

坂田理事長:「盛岡市役所」、「岩手県庁」がある官庁通りで、通り沿いには樹齢360年を越える「石割桜」もあります。商店街や繁華街のような喧騒はなく、歩くと街の歴史を感じることができます。歩くということでは、盛岡市は“歩いて楽しむ文化の街”をキャッチフレーズにしていますので、歴史的建造物と近代建築が調和している街並みを楽しみつつ、画廊を併設している喫茶店をはじめ、街に根づいた文化を味わうことができます。

「盛岡市役所」
「盛岡市役所」

――最後に、岩手県・盛岡市に対しての想いを聞かせていただけますか?

坂田理事長:大学時代は東京で過ごし、そのまま演劇人として東京に残る選択肢もあったのですが、最終的には地元に戻り、市役所で働くという道を選びました。当時の市長に、“市役所に勤める職員の使命とは、子どもや孫たちに、「この街で生まれてよかった、育ってよかった、住んでよかった」と言われる街をつくることだ”と言われました。

県外の方から、盛岡は時代の異なる建物同士が建ち並び、古いものと新しいものとが調和しているとよく言われます。「岩手銀行赤レンガ館」も、それが建てられた明治期では近代建築でした。その当時は違和感を抱いた人もいたと思いますが、月日とともに街に溶け込み、結果的に今では街のシンボリックな建物のひとつになっています。受け入れる土壌、溶け込む土壌、それも盛岡の風土が醸したひとつかもしれません。故郷を離れ、東京で暮らしたことで気づいた盛岡のよさがあります。東京で感じた風、そして盛岡で感じた風――その違いを知っていることが、次の世代によりよい盛岡を伝えたいという気持ちにさせているのかもしれません。

「岩手銀行赤レンガ館」
「岩手銀行赤レンガ館」

理事長 坂田裕一さん
理事長 坂田裕一さん

NPO法人 いわてアートサポートセンター

理事長 坂田裕一さん
所在地:岩手県盛岡市南大通1-15-7 盛岡南大通ビル3階
電話番号:019-656-8145
URL:http://iwate-arts.jp/
※この情報は2025(令和7)年9月時点のものです。

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